格安SIMで広がりつつあるコンテンツの無料化はメリットだけなのか?
価格面でのメリットが目立つ「格安SIM」では、昨今は価格競争も落ち着き、各社とも自社独自のサービスを打ち出す戦略が目立ちつつあります。
さて、そんな中で「特定のコンテンツの利用料を無料にする」というサービスを打ち出すMVNOも登場しています。
「利用料が無料である」ということは、ぱっと見で大きなメリットであるように感じます。
しかし、無料であるということがそのままユーザーのメリットだけになるのかと言えば、心配すべきポイントも少なくありません。
格安SIMの今後にも関わる、無料コンテンツの増加について検証してみたいと思います。
目次
LINEなどのデータ通信が無料になる「FREETEL SIM」
さて、そもそも格安SIMで提供される「無料コンテンツ」というものがどんなものであるのか、今回は「FREETEL SIM」を例に挙げて解説していきたいと思います。
メッセンジャーの通信を、通信量としてカウントしない
格安SIMも含め、スマートフォンの通信サービスは各社ともに「◯GB」という表記でさまざまなプランを打ち出しています。
これは「1ヶ月◯GBまでであれば、データ通信が高速通信になる」というプランで、これを超えてしまった場合は、翌月まで200Kbpsという低速通信に制限されてしまうことになります。
それを回避するために必要なことは「不要なデータ通信を控える」ということと「自分のライフスタイルに合わせたプランを選択する」ということが必要です。
FREETELでは、そんなユーザーの悩みを少しでも解消することができるようなサービスとして、「メッセンジャーの通信を、通信量としてカウントしない」というサービスを打ち出しました。
このサービスでは「LINE」を始めとして、「WhatApp」「WeChat」の3種類のアプリのデータ通信を、データ通信量としてカウントしないというものです。
具体的には、テキストメッセージなどのデータ量の小さなサービスのみが対象で、動画や音声のメッセージおよび「IP電話」は対象外となりますが、使用頻度が高い人ほどデータ通信量に加算されないという点がメリットになります。
データ容量の節約につながり、結果として料金が安くなる
FREETELの料金プランは、定額プランも用意されていますが「使った分だけ料金が発生する」というシステムのプランも用意されています。
つまり、LINEなどのアプリで消費するはずのデータ通信量が加算されないため、その分だけ上位の段階まで料金が移行しない可能性が高いのです。
前提として、通信量に含まれないデータ通信は、どれもデータ通信量が元から大きくないものばかりです。
ですが、少なからずデータ通信量の節約になり、FREETELの場合であれば通信料金の節約にもつながることです。
とは言え、やはり「メッセンジャーアプリのヘビーユーザーのみが恩恵を受けられる」という点は否めません。
FREETELの戦略
FREETELが、決して普遍的ではなく、ユーザーによって得られる恩恵の大きさが異なるサービスを打ち出した理由は、FREETELの経営戦略に見られます。
FREETELでは「ユーザーに合ったプランを提供する」という方針があります。
FREETELの考え方によれば、ユーザーがインターネットを利用する、つまりデータ通信を行うことには、通信するための目的というものが存在します。
FREETELは、ユーザーに適したプランを提供するということで、特定のアプリなどのヘビーユーザーが大きく得をするサービスを打ち出しているのです。
既に、「App Store」との通信が無料になるサービスを導入しており、今回の件はその拡大という位置づけだとしています。
現状では、対象となるサービスが限定されていますが、今後はこれを拡大することも予想されます。
どういったサービスに対してこうした施策を行うのかは、今後のFREETELと各種コンテンツのプロバイダーとの交渉次第ではあります。
ですが、もし何らかの有料コンテンツもしくはデータ量の多いコンテンツのヘビーユーザーが、そのコンテンツがお得に利用できるサービスを打ち出した場合、乗り換えることは十分に考えられることです。
MVNOの競争軸になりつつある「コンテンツ無料」
実は、このようなサービスを提供しているのは、何もFREETELだけではありません。
さまざまなMVNOが同様のサービスを打ち出すとなると、それが今後の格安SIMの競争のメインとなる可能性が十分に考えられます。
「格安SIM」の名前にもある通り、MVNO間での競争は最初は「価格面」で行われていました。
ですが既にMVNO間での価格競争は沈静化し、どのMVNOでも目立った値下げは行われていません。
とは言え、ユーザー数が増加しつつある現状において、企業間競争を行わない理由はありません。
評価が定まってしまえば、これ以上のユーザー数を獲得することも難しくなりますが、既に価格面での競争は値下げの打ち止めによって困難を極めています。
そこで、MVNOは価格面ではなくサービス面で勝負を仕掛ける必要があったのです。
通信品質とは異なり、「関連するサービスに由来したサービス」を提供する所に活路を見出しました。そ
れが、特定の通信サービスに関するデータ通信量をカウントしないということだったのです。
今後、特定のコンテンツのプロバイダーが、MVNOとして参入を決めれば、自社サービスの利用において有利になる何らかのサービスを打ち出すことは十分に考えられることです。
既に海外では、そうした事例もいくつか見られており、現実的ではないということはないのです。
自社サービスに関連したことであれば、企業としても少ない労力と時間でサービスを提供することができるのです。
もちろん、少なからず調整等は必要になりますが、少ない労力で、しかし特定のユーザーには、最大限のメリットを感じてもらえるようなサービスを提供することができるのです。
その背景の一つとして「膨大なデータ量を必要とするコンテンツの増加」と「それに対する需要の増加」が挙げられます。
昨今は、動画や音楽に関するオンラインコンテンツが数多く登場し、多くのユーザーがこれを利用しています。
しかし、こうしたコンテンツは膨大なデータ通信量を必要とすることが多く、動画や音楽コンテンツのヘビーユーザーは、1ヶ月でかなりのデータ通信を行うことになります。
MVNOが打ち出したサービスは、データ通信量の多いコンテンツはサービスの対象外としていることが多いです。
ですが、データ通信量が少ないとは言え、自分が利用するコンテンツのデータ通信量が無視させるというのであれば、他のデータ通信量が多いコンテンツを利用するための幅が増加するということになり、メリットは存在するのです。
オンラインコンテンツの需要増加を背景として考えると、特定のコンテンツのデータ通信量をカウントしないというサービスは、時代に適したサービスであると評価することができるのです。
ネットワーク中立性の議論は日本でも高まっていくのか
さて、内容如何にもよりますが、「無料での通信が可能な領域が増える」ということは、ユーザーにとっては、単純なメリットとして受け入れることができるものではあります。
ですが、ここで無視できない事情が一つあります。それは「ネットワークの中立性」という概念です。
ネットワークの中立性というのは、通信祭を差別的に扱ってはいけないという考え方であり、これは既に米国で議論になっていることなのです。
コンテンツのプロバイダーにとって、「通信が無料になるかどうか」ということは「ユーザーの利用率の変動」に直接つながることなのです。
つまり、コンテンツのプロバイダーの今後が、その関連コンテンツに関して、無料通信を提供するキャリアによって、大きく左右されるということになるのです。
コンテンツの提供者間での単純な企業環境がそうであればまだしも、企業間競争と直接関わりのない通信会社の判断一つでそのコンテンツの「本来それとは無関係なはずの要素」が評価基準の一つとなってしまい、理不尽にユーザーを奪われる結果になりかねないのです。
ただし、日本ではこの「ネットワークの中立性」という概念は、そこまで重要視されていない傾向にあります。
また、FREETELがサービスの対象としているコンテンツが、その種類のコンテンツの中でも特に標準的なものであり、同種のコンテンツ提供者が反発しないだろうという点も無視できません。
加えて、主体となっているのが「MVNO」であり、まだ大手キャリアのほうが圧倒的に多くのユーザー数を有しているという点も、今回の件では加味する必要があります。
もし、大手キャリアが特定のサービスの通信料を無料にした場合、話は違ってくるのではないかと思います。
大手キャリアという「影響力の強い通信事業者」が特定のサービスを優遇するということになり、波及する影響は極めて大きなものであると予想されます。
特にデータ通信量の大きな「動画コンテンツ」等の場合、多くのユーザーがデータ通信量節約のために意識する対象であるため、節約効果を狙って多くのユーザーがそのキャリアに乗り換える可能性があります。
そして、その対象となるコンテンツを思う存分堪能するのです。
そうなってしまえば、そのサービスと同種のサービスを提供するプロバイダーにとっては冗談ではない結果となります。
最悪の場合、コンテンツの淘汰が行われてしまい、かつ「通信料が無料である」とう点で大きなアドバンテージとなることで、コンテンツのプロバイダーが「あぐら」をかく結果になりかねません。
その結果、コンテンツの質が低下してしまい、かつ他のコンテンツは既に淘汰されているので、ユーザーにとっては長期的な目線では大きなデメリットになる可能性も十分に考えられるのです。
さらに、システム的な側面でも考慮する必要があります。今回のサービスは「特定のサービスの利用において通信料が無料になる」というものです。
さて、「特定のサービス」が何であれ、その通信料が無料になるということは「通信料を無料にするサービスを利用している」ということを、MVNO側が把握していなければならないということになります。
それ自体はそこまで難しいことではありませんが、よく考えていただくとMVNOが「自分が今、どんなサービスを利用しているのか?」ということを、リアルタイムに把握されてしまうということになるのです。
仮に全ての通信を監視されていないとしても、その「特定のサービスの利用を把握されている」という点は無視できません。
けれどそうしないと、どうやって特定のサービスを利用したのかがわからず、どの部分まで通信料を加算しないようにしなければならないのかがわからなくなってしまいます。
このように、MVNOが特定のサービスの通信料だけを無料にするということは、何らかの形でユーザーにとって不利益な結果につながる可能性があるのです。
もちろん、今後もそうした点で議論が重なり、何らかの技術が開発されることで解決する可能性も考えられなくはありません。
ですが、現状でこの問題が浮き彫りになっている以上、ユーザーとしてもこの問題をそこまで軽視することも出来ないのです。
単純なユーザーとしての利便性か、それともネットワークの中立性と通信のプラバシーの保護か、どこまでを「営利企業として追い求めるべき利益」として許容するべきなのかを考える必要があります。