格安SIMってなぜ安いの?低価格戦略を実行できる理由や通信品質は?
目次
MVNOが提供している格安SIMは、どうして「格安」なのか?
数年前から普及が始まり、今では名前だけなら聞いたことがあるという人が圧倒的に多くなった「格安SIM」は、MVNOによって提供されるスマートフォンを中心としたモバイル通信サービスの一種です。
MVNOと契約して「SIMカード」と呼ばれるICチップを入手し、それを端末に挿入することでモバイル通信が可能になります。
この点で見れば「大手キャリア」と呼ばれる通信事業者とプロセスは大差ないように思えますが、ならば「なぜ安いのか?」という点が疑問になります。
例えば「100円ショップ」の場合であれば、労働力の単価が安い中国などで、既に開発されている商品の仕組みを利用することで「人件費」と「開発費」を抑えることで、安く提供できている商品が多いです。
ただ、中には粗悪なものも少なくないので、品質を重視したい人の場合はあまり利用されないのではないかと思います。
ならば、格安SIMの場合はなぜ安いのでしょうか?
実際に形ある商品を販売する場合であれば、上記のメカニズムでおおよそ納得できるものですが、形のない「通信サービス」が安いということの理由は、そう簡単にはイメージできないのではないかと思います。
それでも、実際に大手キャリアと格安SIMの基本料金を見比べてみると、同程度の水準のサービスの利用における料金には3分の1以上の差が開いています。
果たして格安SIMはどういった理由で料金が安いのか、そして「安かろう悪かろう」であるのか、その点について解説していきたいと思います。
MVNOがもたらす市場競争とは
まず、基本的な考え方としては「MVNOは価格面で勝負する通信事業者である」ということです。
これは、単純な市場原理に基づくものではなく、既存の通信事業者、つまりdocomoやauといった大手キャリアとのせめぎ合いの結果、当然として起こることなのです。
これを理解するためには「大手キャリアの戦略」から理解する必要があります。
何らかのサービスの値段が安いということは、利益を追求するという営利企業として当然のこと(これを怠れば会社は倒産します)を考慮するのであれば、重要なことは「コストダウン」です。
例えば、50円の商品を100円で売る場合の粗利は50円ですが、仕入れる商品の価格を40円に下げれば60円の粗利です。
さらに、人件費が10円かかっているところを5円に下げれば、人件費を含めた利益についても向上させることができます。
現状のコストをそのままに利益を上げたい場合、販売価格を上昇させるか、税金に関して違法なことをするしかありません。
どちらの場合も、企業の存続に大きく関わることです。やはり健全な値下げはコストダウンが必要なのです(過剰なコストダウンは健全とは言い難いですが)。
さて、方法論としての値下げ戦略は以上になりますが、そもそもの問題として「企業が選択できる経営戦略」はそれだけではありません。
確かに価格面での企業間競争は起き得るものですが、例えば、何らかの商品やサービスを提供する企業の場合であれば「提供する商品・サービスの『品質』を向上させる」という方法もあります。
結局のところ、顧客が重視するのは「価格と品質のバランス」つまり「コストパフォーマンス」なのです。
高額な商品であったとしても、それに見合うだけの品質であれば、顧客は納得して商品を購入します。
逆に安くてもそれにすら見合わない低クオリティの商品であれば、顧客は離れていってしまいます。
こうした顧客のコスパを考慮する原理に基づくと、商品やサービスの種類にもよりますが低価格の商品を提供する企業を相手に、品質で勝負するという企業戦略も十分に成立するのです。
そして、ここで大手キャリアの企業戦略が重要になります。
一昔前、MVNOが主流ではなかった時代の日本の通信事業者は、今では大手キャリアと呼ばれる「docomo」「au」「SoftBank」の3社に限定されていました。
日本の携帯電話ユーザーは、この3社のいずれかの携帯電話を利用していたのではないかと思います。
さて、この3社の企業戦略は、価格面ではなく品質面での競争が激しく、価格面での競争はほとんど行われていませんでした。
基本料金や割引サービスはほぼ横ばいで、とにかく「高品質な通信サービス」を提供することに躍起になっていました。
実際、日本の大手キャリアの通信サービスは海外のそれと比べると高品質な部分が多く、もし海外の携帯電話を利用していた経験がある人であれば、日本のキャリアの通信サービスがいかに恵まれていたものであったか理解できると思います。
現状でも、大手キャリアは価格面での競争からは身を引く傾向にあります。
ここで数年前から登場したMVNOの存在を議論します。
MVNOは、基本的に大手キャリアと同じ通信サービスを提供します。つまり、MVNOはMVNO同士だけでなく、大手キャリア3社も競争相手にする必要がありました。
そして、MVNOの中には「今まで通信事業に参入したことがない企業」も含まれています。
そんなMVNOが、同じ戦場で大手キャリアという巨大な競争相手に勝負を挑むためには、別の方向性で勝負を仕掛ける必要があったのです。
大手キャリアは「通信サービスの質を上げる」事を基本戦略としていました。
これに真っ向から立ち向かう、つまりMVNOも同様に通信サービスの品質で勝負するということは、格安SIMという構造上からも無理な話です。
何より、通信事業者としてのノウハウの面で大手キャリアに遅れを取るMVNOですから、まず無理な戦いです。
そこで、大手キャリアが重要視していない「価格面」での勝負をするしか、MVNOには巨大な敵のいる戦場で生き残る術がなかったのです。
要するに、大手キャリアが「少数精鋭」で戦いを挑むのであれば、こちらは「数」で勝負するということです。
一騎当千の武将でも、数で攻めれば勝てない道理はありません。
もちろん、MVNOとしても通信サービスの品質を蔑ろにするということはありませんが、大手キャリアとの差別化のためには価格面での勝負が「生き残るための企業戦略」として必要なことだったのです。
低価格戦略を実行するためには、十分なコスト削減が必要
MVNOが価格面で大手キャリアと勝負するということが、格安SIMの所以です。
さて、先ほど「値段を下げるためにはコストを下げることが健全」という話をしました。
それよりも前に「格安SIMは大手キャリアの基本料金の3分の1以下」ということも説明していますが、これだけはっきりとした価格差をつけるためには、相当なコスト削減が必要になることは明らかです。
MVNOは、どういった方法でコストを下げたのでしょうか?
営業コストや広告コスト
まずは「営業コスト」と「広告コスト」に関してです。商品やサービスを提供する企業において、これらの出費は必要なものですが、これをいかにして抑えるかということも重要な事です。
この点では、MVNOの基本的なサービス提供方法である「通販型」の方法が合致しています。
例えば、大手キャリアは「ドコモショップ」「auショップ」といったような、実店舗での販売戦略が基本となります。
大型商業施設の一角としても個別の店舗としても出店し、その地域の新規顧客の獲得だけではなく、既存のユーザーに何かあった時にスタッフが対応するなどの方法でユーザーをサポートすることができます。
一方で、MVNOはそうした店舗戦略はなく、基本的に全てネット上で完結させる戦略を展開しています。
集客はネット上の広告で、契約もホームページから行う、そうした「店舗を必要としない営業」を中心としています。これにより少ないコストで営業を行うことができます。
MVNOが登場し始めた時期というのは既にネットショップが乱立し、多くの人がインターネット環境を有し、ネットショップの有効性を既に理解しているということが、ネット上での営業を中心とすることができる根拠となります。
広告は、不特定多数の紙媒体やテレビのコマーシャル中心ではなく、インターネット上にバナー広告を出すことで、契約までの密筋を既に立てることができ、営業においては固定資産税や人件費などをかけることなく、最小限のパワーで運営することができました。
実店舗営業中心の大手キャリアと比べると相当なコストダウンになります。
携帯電話ショップ
ですが、「実店舗を持たない」ということは、何もメリットばかりではありません。
先ほども大手キャリアのショップについて触れていますが、実店舗は新規ユーザーの獲得だけでなく、既存のユーザーのサポートを行うための拠点としても機能します。
MVNOはこれを持たないため、特に既存ユーザーへのサポートもネット上で行うことになります。
そのため、ユーザーはスタッフの顔を見ることができず、トラブルシューティングに時間がかかることになります。
「スタッフと対面しながら」というのは、「安心感」と「実用性」の面で大きなメリットとなります。
専門家であるスタッフに応対してもらえるという安心感と、「わからないことを詰めながら解決に導くことができる」という実用性の面で、実店舗でスタッフが応対することにはユーザーに対して大きなメリットとなります。
「通販型」のスタイルをもつMVNOの場合だと、何かトラブルが起こっても対応するのはネット上か、あるいは電話対応です。
何か聞きたいことがあっても、それを上手く伝えることができない可能性があり、トラブルの解決までに相当な時間がかかる事になります。
新規顧客の獲得においても、不安な点を確認しながら契約を進めることができる実店舗の大手キャリアと、不安があれば全て自分で解決してから契約に臨まなければならないMVNOでは、大きな差が生じることになります。
この点、昨今ではMVNOでも動きが変化してきています。
まだマイナーではありますが、実店舗を構えるようになったり、あるいは大型商業施設の一角をコーナーとして利用してスタッフを据え置く形で、実店舗での営業を開始したMVNOが存在します。
特に後者の場合は店舗運営のためのコスト、例えば「施設の保守点検費用」や「営業には直接関係しない事に対する人件費」を大幅に削減しながら、実店舗と同程度のサービスを提供することができるのです。
個別に店舗を構えるというMVNOは稀なケースですが、施設の一角にコーナーを構えるというスタイルは格安SIMにとって重要な意味を持ちます。
「格安」という看板を掲げたまま実店舗同様のサービスを提供することができる、今後の進退には注目したいところです。
端末(SIMロックフリーのスマートフォン等)
最後は「端末」に関することです。従来は、携帯電話の開発は、各携帯電話会社のサービス開発と一体の存在だったのですが、今となってはその関係は崩れています。
そこにも、コストダウンの重要なポイントが隠されています。重要なのは「端末を製造するメーカーとMVNOの関係」です。
現在、スマートフォンというものは、数多くのメーカーからさまざまな端末が販売されています。
条件さえ合えば、どの端末にどのSIMカードを挿入してもスマートフォンを利用することができます。
そのため、MVNOは独自にスマートフォンを開発してユーザーに提供するのではなく、端末を開発しているメーカーにその流通販売を委ね、あるいは「SIMロックフリースマホ」をそのまま採用するなど、スマートフォンの開発・販売流通を自社で行わないスタンスが主流です。
商品の開発や流通の確保など、さまざまな点でコストがかかります。MVNOは、それを各メーカーに依存することで、そのためのコストを削減することができるのです。
このように、特定の製品でなければならないのではなく、商品ごとの差別化が少なくなっていることを「コモディティ化」と言います。
これによってMVNOは、最小限のコストで通信事業者としての体裁を保つことができているのです。
MVNOの通信品質
さて、日本では「安かろう悪かろう」という言葉があるように、安い商品に対しては「品質の低さ」を疑う傾向にあります。
確かに、コストダウンの結果、品質が下がることで値段が下がっているというのであれば納得できる話です。
ならば、格安SIMは通信品質の下がっている粗悪品なのでしょうか?
実際の所、格安SIMは大手キャリアの通信サービスと比べると、どうしても品質の面では劣化します。
前述の通り、大手キャリアは通信サービスの品質の高さを重視する傾向にありますが、格安SIMの場合は事情が少し異なります。
問題になるのは「特定の時間帯の通信速度の低下」です。
別の記事でも解説しているのですが、ある程度の通信帯域だと、それ以上のユーザーが集中することで通信速度が極端に低下する可能性があるのです。
特に、ユーザーが集中しやすい時間帯に極端な通信速度の低下を見せているMVNOは、通信帯域の維持にコストを掛けていないということになります。
「安かろう悪かろう」のイメージを払拭するためには、価格の安さだけでなく通信品質の維持にもコストを掛ける必要があります。
これは、MVNOも当然ながらわかっていることではありますが、格安SIMのビジネスモデルが「コストでの競争が中心」であることは既に説明しています。
つまり、MVNOは通信品質にそこまでのウェイトをかけることができないのです。
大手キャリアの場合、通信品質に何らかの問題が生じれば、会社の総力を挙げてその問題を解決することができます。
ですがMVNOの場合は、大手キャリアほど企業規模も通信事業者としてのノウハウも保有しておらず、品質面での勝負の土俵に上がることは困難なのです。
ですが「安かろう悪かろう」のイメージが定着してしまえば、価格面しか見ていないユーザーしか集客出来ませんし、次第にユーザーが離れてイメージが定着してしまえば、MVNOとしての営業活動を断念せざるを得ない可能性もあるわけです。
この点は「いかにしてコストの低さを保ちつつ、通信品質の維持に努めることができるか?」ということが重要になります。
MVNOの課題は「通信品質の向上」よりも「通信品質の現状維持」にあります。
ユーザー数が増えれば、それに見合わない通信環境であれば、通信速度は急激に低下する可能性があります。
それはユーザーのストレスになり、ユーザーが他社に乗り換えてしまう結果になります。
そうならないように、ユーザー数の増加に見合った通信帯域の確保を、いかに迅速に行えるかということが重要です。
MVNOがネット中心の営業戦略を立てているのと同様に、ユーザーはネット上にさまざまな情報を発信し、他のユーザーはそれを迅速に受け取ることができます。
悪評が発信されれば、それは即座に蔓延する結果になります。
「あのMVNOは安いけれど、通信品質は最悪」などという評価を下されてしまえば、そのMVNOはこれ以上のユーザーの確保が難しくなります。
そうならないようにするためには、ユーザーの声に耳を傾け、迅速にその対応を行う必要があるのです。
これからのMVNOに求められること
MVNOが今後も通信事業者として活躍していくためには、「コストパフォーマンスの管理」と「ユーザーの評価の受信」が必要であると言えます。
乱立しているMVNOが、さらに大手キャリアともやりあっていくためには、いかにして通信事業者としての評価を盤石のものにできるかということが重要なのです。
「SNS」や「掲示板」といったインターネット上のサービスが普及している現在、ユーザーが感じた不満は、ネット上にいとも簡単に発信されてしまいます。
悪評は即座に蔓延し、逆に改善点を評価する声も即座に波及します。
MVNOに対する評価は、名前に偽り無き安さを維持できるかということだけでなく、通信品質がどれだけのクオリティであるかということも重要です。
最新の情報が「このMVNOは通信品質が良い」とか「通信品質は改善された」というものであれば、多くの人がそのMVNOを評価します。
逆に最終評価が「このMVNOは通信品質が悪い」とか「通信品質が悪いのでおすすめできない」というものであれば、誰もそのMVNOを評価しません。
ですが、格安SIMとしての「価格の安さ」は無視できるものではありません。MVNOは、コストさえかければ、大手キャリアと同水準の通信環境を提供することはできます。
ですが、それには相当なコストが掛かることになります、コストが掛かるということは「原価が上がる」ということであり、上がった原価の分だけ商品価格も上昇します。
そうしなければ、企業として利益を追求することができず、税金や株主配当金も含めて企業活動に大きな支障をきたすことになります。
重要なのは「ユーザーの快適さとそれに伴う評価」と「その実現のために必要なコストのバランス」です。
過度なコストをかければ原価上昇に伴う価格の上昇が起き、コストばかりに注目すれば通信品質が低下してユーザーの満足度は低下してしまいます。
MVNOが通信事業者として群雄割拠の通信事業者とのせめぎあいに生き残るためには、ユーザーの満足度を最低限のコストで達成することが必要なのです。
ユーザーが自社の通信品質をどのように評価しており、格安SIMとしての体裁を保ちつつ、いかにしてユーザーの満足度を高め得ることができるのか、これこそが優秀なMVNOとしての価値を決めるのではないかと思います。
例えば、「mineo」というMVNOは、自社サービスとして「マイネ王」というサービスを提供しています。
これによってユーザー間のコミュニケーションはもちろん、そこにスタッフも参加することでユーザーの情報がダイレクトにスタッフに伝わることになります。
こうした環境を整えることもMVNOとしては重要ですが、コスト面を考えるとそれだけでは語れないというのが、MVNOの辛さでもあります。