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「HLR/HSS」 を開放すると格安SIMではなくなる!?これからの格安SIM業界

 

昨今、スマートフォンを安い料金で利用するために「格安SIM」への乗り換えを決めたユーザーが数多くいます。

価格競争は一段落し、各MVNOが独自のサービスを展開しながらユーザーの獲得へと乗り出しています。

さて、そんな格安SIM業界に一つの懸念があります。それは「HLR/HSS」という要素です。

これは「加入者管理機能」という意味があるのですが、これを大手キャリアが開放することによってさまざまな変化が起きるのです。

ユーザーにとっては格安SIMの利用で得られるメリットが増えるのですが、まだまだ課題も多いという側面があります。

目次

そもそも「HLR/HSS」って何?

まず、本格的な議論を始める前に、この記事のメインテーマである「HLR/HSS」について解説します。

「加入者管理機能」ということを訳として説明しましたが、この言葉を見ても何のことかイメージできないのではないかと思います。

HLR/HSSとは

「HLR/HSS」は、SIMカードが無線接続をしようとしているときに、そのSIMカードの情報を参照して「接続しても良いのか?」ということと「接続する場合、どのようなサービスを利用することを許可するのか?」といった情報をネットワークに伝えるという働きをしています。

そのため、SIMカードに記録されている加入者情報等は、HLR/HSSにも同じ情報が書き込まれるということになります。

要するに、SIMカードを使ったサービスはHLR/HSSと強い結びつきがあり、切っても切り離せない関係にあると言えます。

逆に言えば、HLR/HSSの利用を前提としないSIMカードは発行できないということになります。

このHLR/HSSは、大手キャリアが保有しており、MVNOはその開放を求める立場になります。

しかし、大手キャリアとしても考えなしでこれを開放することはできないのです。

先ほど、HLR/HSSの働きとして「接続するSIMカードにどのようなサービスを許可するのか?」という部分を解説していますが、これが問題となります。

HLR/HSSとしては、もともと「自社が提供するべき機能」だけをネットワークに組み込んでいます。そのため、ありもしないようなサービスを要求された場合、ネットワークに何らかの障害が発生するリスクがあります。

加えてHLR/HSSにはセキュリティ情報も含まれているため、これを開放することによって「セキュリティ・ホール化(脆弱性)」の懸念もあります。

この他にも課題は多いのですが、その点については後ほど詳しく解説していきます。

MVNOが独自設備を持ちたい理由

何かと問題が多そうな話ですが、MVNOとしてはHLR/HSSを独自に保有したい理由があるのです。

先ほど、HLR/HSSに反したSIMカードは発行できないということを説明しています。

HLR/HSSが手元にないMVNOにとって、自社でSIMカードを発行できないというジレンマにさらされているということになります。

もちろん、現状でそこまで大きなデメリットとなっているわけではありませんが、MVNOが独自にHLR/HSSを保有できるようになれば、大手キャリアに依頼してSIMカードを発行という手間を無くし、SIMカード発行における即時性を確保すると同時にコストの削減ができるようになります。

独自のサービスを打ち出すことで、MVNO間のサービス面での競争も促され、ユーザーとしてもメリットが大きくなります。

つまり、大手キャリアにとってはリスクの大きな内容であっても、MVNOにとっては自社サービスの強化につながるため、HLR/HSS開放を求めているということです。

MVNOのサービスが強化されることで、サービス面での競争が促され、ユーザーとしても今まで以上に自分好みのサービスを選んで利用することができるなどのメリットもあります。

総務省の携帯電話料金に関するタスクフォースで示されたこと

そんな事情のHLR/HSSですが、総務省は2015年10月~12月において「携帯電話料金に関するタスクフォース」を開催し、大手キャリアに対していくつかの提案を行っています。

その中に、「加入者管理機能の開放」などについても含まれています。

顧客管理システムとは

顧客管理システムとは、通信契約の利用者の個人情報や契約に関する情報などを管理している「データベース」のことです。有名なところでは、docomoが運用する「ALADIN(アラジン)」があります。

MVNOは、KDDIのシステムとの連携は可能なのですが、docomoのシステムとの接続はできないという状況です。

タスクフォースにおいては、docomoとMVNOの顧客管理システムをオンラインで連携するという内容が表明されています。

これによって、MVNOのシステムを操作することで自動的にdocomoのALADINに反映されるようになり、MVNOにおいては業務コストを削減できます。

また、新規契約やオプションサービスの契約処理もスピーディとなるというメリットもあります。

加入者管理機能

加入者管理機能は、メインテーマである「HLR/HSS」のことです。簡単に言えば、「SIMカードを管理するためのデータベース」のことを表します。

SIMカードの無線ネットワークに対する接続の認証や位置登録などの役割を担っています。

「HLR/HSS」の開放について

総務省はタスクフォースにおいて、開放を促進すべきであるという位置づけをしています。

開放のための条件としては「他の事業者から要望がある」「技術的に可能である」「携帯電話事業者に過度の経済的負担を与えない」「必要性と重要性が高いと認められる」と定めています。

既に1つ目と最後の条件は満たされており、技術面と経済的負担面の問題が解決されるのであれば促進すべきであるとしています。

MVNOがHLR/HSSを保有することで、どんなメリットが生まれるのか

さて、総務省がわざわざ提案をするようなことなので、大きな意味があるということは理解できるかと思います。

では、具体的にHLR/HSSが開放され、MVNOがこれを保有することでどのようなメリットが有るのでしょうか?

最も大きなメリットとしては、やはり「MVNOが自社でSIMカードの発行が可能になる」ということです。

これにより、「どの通信事業者のサービスを提供するのか」ということを、MVNOの側が決めることができるのです。

要するに、例えば「国際ローミング(海外で現地の通信サービスを借りて通話を行うサービス)」における現地通信事業者の選定を、大手キャリアではなくMVNOが決めることができるようになるということです。

今までは使用する回線に依存したサービス提供がなされていた分野が、MVNOが独自に決めたサービスを提供することができるようになるのです。

これによりMVNOごとに提供できる通信サービスの細かい部分に差が生まれ、通信速度や通信環境の安定性などで比較していた分野が多様化し、ユーザーはより自分向けのサービスを選べるようになるということになります。

MVNOはコスト削減にも繋げることができ、価格とサービスで競争を促すことができるようになります。

「HLR/HSS」開放の課題

ですが、HLR/HSSの開放は以前から求められていたにも関わらず、大手キャリアはこれを無条件で許可するということはしませんでした。

もちろん、大手キャリアが意地悪をしているのではなく、いくつもの課題を抱えているがためにこのような問題が生じているのです。

5つのハードル

まず、かんたんに問題をまとめてみましょう。

1つ目に「HLR/HSS開放における技術的方式が決まっていない」ということです。

これは前述の4つの条件の2つ目にも抵触することですが、特に「ネットワークの安定運用」や「セキュリティ面での技術的問題」などがあるということを、大手キャリア側が懸念しているのです。

2つ目に「HLR/HSS開放の必要性に対する認識の乖離」です。

MVNOとしてはこれを認めているのですが、大手キャリアとしてはそこまで必要性がないとして意見がずれています。これも前述の条件の4つ目に抵触します。

3つ目に「HLR/HSS開放のコスト面での問題」です。

HLR/HSSを開放するにあたってのコスト面での負担は、億単位に上るのではないかという懸念があります。これは3つ目の条件に抵触します。

4つ目に「MVNO側でのHLR/HSS開放後のサービス提供のビジョンが不明確」ということです。

HLR/HSS開放における具体的なメリットを、MVNOが提示できなければ大手キャリアとしても億単位のコストをかけることはできません。

加えて、大手キャリアが負担したコストの一部がMVNOにも転嫁されることを考えると、コスト面で前向きになれないMVNOが存在することも事実です。

5つ目に「通信業界全体の空洞化の懸念」です。

HLR/HSSによって、データの受け流しをするだけの状態(ダムパイプ化)になるのではないかという懸念があります。

このように、HLR/HSS開放は表面上のメリットだけで推し進めることができないほどに細かくデメリットが提示されているのです。

これでは、いくらメリットが有ると言ってもこれらの問題を解消しない限り、先に進むことは難しいと言えます。

音声サービスとの関係

さらに、課題は他にも存在します。まずは「音声サービスとの関係」についてです。

MVNOがHLR/HSSを運用できるようになった場合、「かけ放題」に代表されるような安価な音声サービスの運用を可能にします。

ですが、HLR/HSSがそのまま音声サービスの値段を下がる要因にはならないという懸念があります。

もし、現状のコストでHLR/HSSの開放とそれに伴う設備投資が行えるのであれば、おそらくは通話料金を安くすることはできるでしょう。

しかし、実際にはさまざまな設備に対する投資、および規則の改正や通話網と信号網の開放など、さまざまな面でコストがかかります。

手間とお金がかかる分だけ、提供されるサービスの値段にも反映し、値段を高める結果となります。

加えて、大手キャリアでの音声通話における売上は、あまり成長を見込めていません。

無料で利用できる通話アプリなどの登場で、従来ほど単純な通話機能の需要が高まっていないため、この状態でMVNOが大手キャリアと同じような通話サービスを提供することのメリットはあまり大きくないと考えられます。

結果、無駄にコストばかりかかってしまい、実りの少ない結果となりかねないのです。

HLR/HSS開放が実現した後のMVNOのビジネスモデル

ならば、仮にHLR/HSSが開放されたとして、MVNOはそれをどのようにビジネスに活かしていくべきなのでしょうか?

海外では、ヨーロッパを中心としてHLR/HSSを保有するMVNOがいくつか存在し、実際に独自のSIMカードの発行を行っています。ちなみに、HLR/HSSを保有するMVNOのことを「フルMVNO」と言います。

前述の通り、HLR/HSSを保有するということは相当なコストを負担するということになります。

その上でビジネスを維持していくためには、「市場の拡大」が重要になります。具体的には「海外展開」や「IoT向けサービスの提供」などが、これに該当します。

また、現在の日本の格安SIMの「値段の安さ」を重視したビジネスモデルとは相容れない部分も多く、別記事で紹介している「1,000円以下で利用できる高速通信の格安SIM」のような格安ビジネスモデルは必ずしも維持できるものではありません。

コストがかかって、それに伴って発生するビジネスモデルの変化は、現状の「格安SIMとしての形」を失う可能性が高いのです。

もちろん、将来的にHLR/HSSを保有する日本のMVNOが現れた場合、そのビジネスモデルがどう変化するのかは確実なことは言えません。

ですが、皆さんだって商売をするにあたって仕入れ金額が高くなれば、今までの値段を維持できないということは理解できると思います。

HLR/HSSにおけるメリットを、上昇するコストとそれに伴うサービスの高額化とどのように折り合いを付けていくのかということが、今後のHLR/HSS開放とMVNOにおける課題であると言えます。