「MVNO」のあり方を変えた「レイヤー2接続」とは何か?
ここ数年で「格安SIM」という存在の知名度は格段に向上しています。
実際に格安SIMに乗り換えたという人も珍しくなくなってきましたし、独自のサービスを展開するなどMVNOごとに特色も見えてくるようになりました。
ネット上でも数多くのサイトで格安SIMについて解説し、多くのユーザーが格安SIMの名前だけではなく、どのようなサービスであるのかということも理解してきている傾向にあります。
さて、「格安SIMについて」ということの表面的な部分、例えば「料金が安い」「端末との相性の問題がある」といった、ユーザー目線での情報は多くのユーザーが知るところとなりました。
しかし、専門的な部分、例えば今回のテーマである「レイヤー2接続」と聞いたところで、何のことかさっぱりだという人がほとんどでしょう。今回は、そんな「レイヤー2接続」について解説していきます。
目次
MVNOの分類は非常に難しい
まず、そもそもの前提として「MVNOの分類」という話をしていきましょう。産業やサービスには、少なからず「分類」と言うものがあります。
格安SIMだって、通信産業であり、有り体に言えば「スマートフォンに関わるサービス」という大雑把な分類も出来なくはありません。ですが、そのMVNOの中で分類するとなると、話は違ってきます。
詳しい話は割愛しますが、分類の難しいMVNOをあえて分類するとなると、どこに注目するかということが重要です。
この記事では、「通信用ネットワーク設備とMVNOの関係」に注目して分類してみることにします。
具体的には「レイヤー2接続MVNO」「レイヤー3接続MVNO」「単純販売型MVNO」という分類で話を進めていきたいと思います。
そもそも「レイヤー」とは何なのか?
さて、ただでさえレイヤー2接続なんて聞き慣れない単語が出てきたのに、それ以外にも「レイヤー3接続」という新しい単語まで出てきてしまいました。
ここで一旦、「レイヤーとは何か?」ということについて解説していきたいと思います。
レイヤー2は、ネットワークエンジニアの間で使われている技術用語
今回のテーマでもある「レイヤー2」とは、いわゆる「技術用語」の一種です。
ちょっと専門的な話になりますが、今から半世紀近く前に「国際標準化機構(ISO)」が打ち立てたものの実現には至らなかった「コンピュータネットワーク標準化プロジェクト(OSI)」の名残の一つである「OSI参照モデル」に由来する言葉で、これはコンピュータネットワークを「物理層」から「アプリケーション層」の7つの層に分類したモデルを定義付けしています。
レイヤーとは、基本的にこの各種層を、位置している順番で数字化して表現している言葉です。
例えば、一番下に位置する「物理層」は「レイヤー1」と表現し、真ん中の「トランスポート層」のことを「レイヤー4」と表現します。なお、「レイヤー」ではなく「レイヤ」と表現することもあります。
レイヤー2とレイヤー3の定義
このモデルの下から2番目のことを、「レイヤー2」と呼んでいます。
これは具体的には「データリンク層」と呼ばれているものであり、もう少し具体的に解説すると「ルーティング(中継)する必要なくデータのやり取りを行うことができる、独立したネットワーク中の信号のやり取り(プロトコル)の方法」について、論理的に定義した層ということになります。
近年は大規模なネットワークをレイヤー2で運用していますが、当初は小規模なネットワークを想定して作られたという背景もあります。
レイヤー3はその一つ上の「ネットワーク層」のことを意味します。
レイヤー3は、複数の独立したレイヤー2ネットワークで構成されている、ルーティングを必要とした大規模なネットワークにおけるやり取りについて定義している層になります。
レイヤー3でMNOとMVNOのネットワークがつながっている場合
レイヤー3で接続している場合、大手キャリアとMVNOがレイヤー2と比べて独立した形で成り立っています。
それぞれがレイヤー3のプロトコルで中継されている接続方法です。
レイヤー2でMNOとMVNOのネットワークがつながっている場合
レイヤー2での接続方法は、MVNOと大手キャリアそれぞれのネットワーク設備が協調して一つのネットワークを構成しているイメージになります。
言い方を変えると、独立しているイメージであるレイヤー3接続に比べて、大手キャリアとMVNOの関係が近いということになります。
名前こそ数字が異なるだけですが、その実態は全くの別物であるという見方もできます。
レイヤー2接続のMVNOが最近流行している理由
さて、昨今のMVNOはレイヤー2での接続を行っているケースが多いのですが、これにはきちんとした理由があります。
MVNOと大手キャリアを主体とした通信は、ネットワーク設備である「SGW」「PGW」「ルータ」が一直線につながっているイメージだと考えてください。
問題は中央にある「PGW」の位置です。レイヤー3接続の場合、PGWは大手キャリア側に存在し、レイヤー2接続の場合はMVNO側に存在します。
レイヤー3接続の場合、MVNO側にはルータしか存在せず、MVNOは顧客に対して限られたサービスしか提供することが出来ません。
一方、レイヤー2接続の場合はPGWがMVNOの手元にある分、携帯電話網のネットワークの一部分を直接コントロールすることが出来、提供できるサービスの幅がレイヤー3接続の場合に比べて自由度が高いのです。
そのため、MVNOは独自サービスの提供のためにレイヤー2接続を好んで使用するのです。
単純再販型MVNO
先ほど、MVNOの分類を3つに分けていますが、「単純再販型MVNO」が残っていましたね。これについても少し解説していきましょう。
「単純再販型MVNOは」、MVNO側にネットワーク設備が全く存在しないという形です。
レイヤー2接続の場合はルータとPGWが、レイヤー3接続の場合はルータがMVNOの手元に存在するのに対して、単純再販型MVNOの場合はそれらが一切存在しません。
全て大手キャリアが保有する形で通信サービスの提供を行うような形です。
つまり、単純再販型MVNOは設備に関わる独自のサービスを一切打ち出すことが出来ず、提携する大手キャリアの提供する通信サービスをそのまま自社の顧客に提供すると言う形になります。
全く同じではなく、料金の部分だけ変えて提供することになるので、「再販型」と定義するのです。具体的には「WiMAX」がこれに該当します。
「レイヤー2接続MVNO」の歴史と「MVNE」の登場
最後に、レイヤー2接続の歴史と、それに伴い登場した「MVNE」について解説していきたいと思います。
MVNEについては別記事で詳しく解説しますので、そちらの方もご覧になってください。
レイヤー2接続MVNOの誕生と、その特性を活用したサービス
日本においてレイヤー2接続が登場したのは、2009年3月のことでした。
当時、従来の接続方法は「3G(第三世代携帯電話)」と呼ばれるものであり、「IIJ」が「イーモバイル(現在のソフトバンクモバイル)」と、「日本通信」が「NTTドコモ」と、それぞれレイヤー2接続を開始しました。
その半年後の11月、IIJはNTTドコモともレイヤー2接続を開始しました。
レイヤー2接続の特徴については先ほども説明したとおりですが、例えば当時はセキュリティ上の問題としてファイアウォールでインターネットから保護されている企業内のネットワークに外部からインターネットでアクセスする際に、「VPN」と呼ばれるソリューションを必要としていました。
レイヤー2の特徴である「MVNOがMNO側のネットワーク機能を直接コントロールできる」というメリットを活かし、VPNを媒介とすることなく企業内ネットワークへの安全なアクセスを実現しました。
ただし、上記の企業内ネットワークのように法人向けの利用法がメインとなり、個人契約者向けのサービスはレイヤー2接続のメリットを活かせずにいました。
そのため、レイヤー2接続が登場した当時、個人向けのMVNOはレイヤー3接続や単純再販型MVNOが主流だったのです。今のMVNOの形とはかけ離れていると言えます。
今の格安SIMになくてはならない機能(PCC)を実現
ですが、レイヤー2接続が個人向けに日の目を見ることになるチャンスが訪れます。
レイヤー2接続が登場してから3年後の2012年、IIJmioでは「PCC」と呼ばれる機能を実現します。
これは「リアルタイムに通信料を把握し、通信速度を制御する」という、現在の格安SIMにおいて必要不可欠と言っても過言ではない機能なのです。
2012年当時、この機能を商用に導入したMVNOは稀な存在でした。
それでもIIJmioが世界に先駆ける形でPCCを運用開始して、現在では世界中の通信事業で活用され、格安SIMブームの火付け役として有名になりました。
レイヤー2接続を活用した新しい料金プランは、MVNOのあり方を変える
レイヤー2接続のメリットを個人向けの通信契約に導入したことにより、MVNOは新しい料金プランを打ち出しただけにとどまらず、MVNOのあり方そのものを変えていくことになります。
有り体に言えば、これがあったからこそ日本で格安SIMが登場し、一般へと普及していったと言っても過言ではありません。
従来の単純再販型MVNOに代表されるような「設備投資を抑えて通信事業を行う」というコスト面と設備面でのメリットだけにとどまらず、「格安SIM」としてのあり方を世間に示す結果となりました。
現在では、かつて単純再販型MVNOを運営していた通信事業者も、こぞってレイヤー2接続を利用した格安SIM事業へと参入するに至りました。
ですが、ここで一つ問題が発生しました。単純再販型は先ほども説明したとおり、MVNOがネットワーク設備を全く持たないという事業形態でした。
その手軽さに比べて、格安SIM事業者として本格的にレイヤー2接続を利用するためには、前述の通信設備をMVNOが保有する必要があります。
当然ながら、これにはコストがかかりますし、技術的な問題も発生します。
そこで、こうした問題を解決する形で現れたのが「MVNE」です。MVNEは(日本においては)自社でもMVNOとして活動しつつ、ハードルを超えられない業者がレイヤー2接続を利用してMVNOとして参入できるように、自社の設備を貸し出し、ノウハウの提供などの問題も請け負うようになりました。
それにより、「DMM」「楽天」といった、今までMVNOとして関わっていなかった業者がMVNEの力を借りて、格安SIM事業へと参入することが出来たのです。